湯沢の街並み

秋田新幹線は盛岡から真西に進む
この歳になるまで知らなかったのですが、秋田って盛岡の真西にあるんですね。山形新幹線のイメージで、秋田新幹線も東北新幹線の分岐地点である盛岡から北西に向かっているものだと思っていました。
湯沢は新庄から北に行ったところにある奥羽山脈沿いの街。小野小町や菅義偉の出身地らしい。完全に新幹線駅だと勘違いして向かっていました。
湯沢
遊郭跡とおばあちゃんの話
手っ取り早く自分が好きな昔栄えた街を調べる手段として遊郭跡があります。こんなところに遊郭がみたいな街は大抵何かある。
今回は2日前に秋田行きを決めたのでそんな雑な理由で湯沢の町に向かいました。
土地勘がない場所に行くのに車はやっぱり便利。少し走り回って当たりをつけます。
まず向かったのは下新地と呼ばれる遊郭のあったエリア。



湯沢芸妓という芸妓さんがいたようですね

話しかけられる
でかいカメラを持って歩く男なんて完全不審者だと思います。で時折建物の写真を撮るのだから余計やばい。ということでおばあちゃんが話かけてくれました。
この料亭石川の近くに住んでいる方で、自分の家もそれくらいの歴史があるらしい。湯沢についていろいろ教えてくれました。湯沢は近くに院内銀山があった影響で栄えたようです。羽州街道と本荘街道が通り、参勤交代にも使われ日本海側の海産物が運ばれてくる交通の要衝だったとか。
城下町でもあり、米と水が豊富なことから酒造業も栄えたそう。稲庭うどんも湯沢発祥なんですね。
この近くは昔はネオンが光っていて非常に栄えていたようですね。夜は人でいっぱいだったと。今は人なんて全然いないよ、まあどこもそうだけどねとおっしゃっていました。
街の中心街は駅を出たところのアーケードを少し東に進んだところとおっしゃっていたのでそこに向かいます。

中心街へ
通りを少し入るとスナックがたくさんあるエリアに。東北の日本海側の県でこんな立派でかついい雰囲気のスナック街を初めて見ました。



駅前からはアーケードが伸びていました。




奥羽本線沿いで秋田の南の中心街だったと聞くと納得してしまいます。今は盛岡から秋田に行けちゃうので寂れたんだろうなあ。
駅から東に伸びるthe アーケードに向かいます。おばあちゃん曰くここら辺が街の中心街とのこと。


「協働社」の看板がどこにいても目に入ります。名前からして昭和チックな、革命でも起こしそうな団体に見えますが、協働社はかつて東北で一世を風靡していたと言われる小売業者らしく、ここにはデパートがあったらしい。
他にも百貨店があったらしく、湯沢の街がいかに栄えていたかがわかります。


湯沢は水が豊富と言われている通り、どこでも水の音がする。小川に沿って歩いてみました。





湯沢の街は文化がある上品だけど目立たないとても好きな街でした。こんな町に篭りたい
あーこういうバンド一回はやってみたかった



