【和歌山県】 金屋と湯浅を巡る


駅弁の自販機があった
くろしおで1時間半ほど、藤並に着く。藤並から金屋まで2002年まで有田鉄道が走っていた。走っていたと言っても末期は1日2往復。学校への通学が主だったため学校が休みの日は運行されていなかった。
有田鉄道が建設された目的は、沿線のミカンや木材を湯浅港に運ぶためである。廃線となった盲腸線の終着駅の周辺には自分が好きな街並みがあることが多い。ということでまずは金屋に向かう。
金屋までは有田鉄道の代替バスで向かう。行きのバスには僕を含めて3人、帰りは自分のみと心配になる状況だった。実際、2003年の時点で輸送人員が33人だった。

有田鉄道の代替バスに乗る。1日12往復。乗客は僕含め3人だった
バスに乗って思い出したのは、4年ぐらい前、当時彼女だった妻と一緒に有田川鉄道公園に行ったことだった。金屋の街にあり、生石高原に行く途中に寄ったのだった。自分だけが大はしゃぎしてたことをよく覚えている。
当時は見向きもしていなかった金屋の街は非常に風情あふれるものだった。

金屋に着きバスが行ってしまった

金屋の街並み。街灯がかわいい

現役の国道424号線沿いに建物が並ぶ
多くの街では、現国道と旧道が分かれ、古い街並みは旧道沿いにあることが多い。一方、金屋の街は現役の国道424号線に沿って古い街並みが残っている。
バスの都合上、滞在時間は30分と限られていたため、町の洋菓子屋でソフトクリームを買い、食べながら町を撮影した。

ソフトクリームを買い、有田川を渡る
有田川の南に金屋口駅跡がある。現在はバスターミナルと有田川鉄道公園がある。

金屋口駅跡近くの街並み

こちらは街灯の形が違う

奥にバスターミナルとなっている旧金谷口駅跡がある

金屋口駅跡。今は鉄道公園になっている

バスターミナルは昔の雰囲気が残されている

懐かしい案内板たち

バスに乗って藤並駅に戻る。帰りの乗客は僕だけだった
次に湯浅に向かった。
湯浅は古くから海運の盛んな港として栄えた。みかんの輸送はもちろん、醤油を作り紀州へ輸送していた街でもある。醤油の発祥の地と主張しており、街では醤油の匂いが漂っていた。
町の南側には醤油蔵を含めた景観保全地区があり、観光地として推しているようだ。
湯浅も以前に訪れた五條と同様に、伝統的な街並みの中にも電柱が建てられているという特徴がある。僕は電柱があるごちゃごちゃ感が好きなのでこちらの方がうれしい。

湯浅の景観地区の街並み。醤油の香りが漂う

路地もしっかりある
一番好きだったのは熊野古道沿いの商店街だった。

熊野古道沿いの商店街。こちらも街灯がかわいい

昔ながらのお店が並ぶ

アーケードがあった
この後、くろしおに乗って帰った。



