【宮崎県】堀川運河による飫肥杉の出荷と、東洋一の鮪の基地として栄えた 油津

油津という宮崎の南の歴史ある港町に行きました。この日はあいにくの雨で美々津のときとは一転、写真がすべて白くなってしまいました。
南宮崎から志布志行きの快速シーガイアに乗り込みました。油津駅はカープのキャンプ地ということもあり、カープファンが1組降りていました。

田舎駅といった雰囲気

油津駅はカープファンの聖地になっていました
駅前にはビジネスホテルやバス・タクシーの乗り場があります。


街の中心街はここから徒歩5分程度のところにあります。
堀川運河
油津の街並みとして切っても切り離せないのが堀川運河です。堀川運河は広渡川と油津港を直接結ぶ運河です。
油津は10km程度離れた飫肥との結びつきが強い町です。特産の飫肥杉を全国に出荷するため、広渡川を使った水運が行われていた。川とつながる外港は波が強く、川で杉を運ぶ→比較的穏やかな油津港に杉を移送→積み換えて全国に運ぶという手順が取られていたそう。
これでは非効率なので1686年に飫肥藩主・伊東祐実の命で広渡川と油津港を直接結ぶ掘川運河が作られました。

堀川運河へ歩く

堀川運河
!一番有名な堀川橋。男はつらいよのロケ地になったそう
一番有名な堀川橋。男はつらいよのロケ地になったそう
!河口方面には志布志へ向かう国道220号の橋が見える
河口方面には志布志へ向かう国道220号の橋が見える

中心街の方には商業施設が
家と水辺の距離の近さが昔からある運河であることを感じさせます。

運河っぽく水辺と家の距離が近い

あいにくの雨でしたが運河の透明度は高かった
港町へ
堀川運河から東の方へ行き港町に向かいます。ここは歴史的な建物が集まっているゾーンです。
油津には昔ながらの赤煉瓦倉庫があります。木材の倉庫として使われていたそう。現在は記念館になっています。



歴史的建造物が多い
近くには港町らしい路地もあります。

たまらんち

日南牛乳なんですね

油津港は雨でした

いい感じの路地

潮満寺の境内から油津の街並みを眺める
油津とマグロ
油津港は1930~1940年ごろ日本一のマグロの水揚げ量を誇りました。遠洋漁業の基地になっていたそう。一日の取引量は数億円規模だったという噂もあります。港湾施設が整備されていたこと、氷の製造・貯蔵設備が整っていたこと、鉄道からのアクセスがよかったこと、近くを流れる黒潮が絶好の漁場だったこと、このような好条件が重なった結果だったようです。「油津で稼いで飫肥で使う」と言われたほど経済的に重要だったようで、1970年初頭までは栄えていたようです。
第二次世界大戦後から大型の冷凍船を用いた漁業へ徐々に移行。1970年後半以降はより大規模な設備を持つ港に役割を持っていかれたことや、漁獲規制や資源減少の影響もあり、マグロ漁自体が縮小、街も衰退していったようです。
油津の街を歩くと漁業の拠点として栄えた歴史を感じられます。例えば油津駅近くの繁華街。

スナックが集まっています。現在もカープの選手が来た時は立ち寄るとかなんとか。
遊郭跡もあり、調査しに行った方の記事も多く出てきます。

後で調べたら社交バーのような店だったようです
油津にはガッツリのアーケードもあります。

山形屋の脇からアーケードが

アーケードの屋根がなくなり雨が降ってくる

サンプラーシュ油津というらしい
次の記事に書きますが、この日妻と合流し、阿蘇〜都井岬を巡る旅行をしました。宮崎〜都井岬に行く途中、ちょうどお昼時だったので油津に再度寄りました。

晴れの油津
このアーケードには「新建築」で紹介された建物があるとのこと:
油津珈琲にも伺いました(両日とも)

油津珈琲
2000年ごろ閉業された喫茶店を利用したカフェなんですね。
店員さんがやさしく、両日とも賑わっておりとても良い雰囲気でした。
油津の人々すごく暖かい気がしました。

店内

一日目はカフェインレスコーヒーをテイクアウトしました

妻と来た時は厚焼き卵サンドとマンゴージュースを
厚焼きたまごサンドがとてもおいしかったので油津にいった時はまた行きたいですね


