【青森県】青森駅から恐山へドライブ

【青森県】青森駅から恐山へドライブ

秋の三連休を使って青森へ行ってきました。ずっと青森に行きたいとは思っていたもののアクセスの悪さから断念することが多かった。はやぶさはいつ見ても満席だし、青森空港や三沢空港行きの飛行機もバカ高くなっている事が多い。今回は直前にはやぶさを執念で予約し行ってきました。

!3連中初日のはやぶさは満席でした

3連中初日のはやぶさは満席でした

!3時間ちょっとで新青森に到着。降りた瞬間から寒かった

3時間ちょっとで新青森に到着。降りた瞬間から寒かった

今回はレンタカーで周ることにしました。青森って意外と公共交通機関が充実しているのですが観光には適さない。青森駅まではバスに乗りレンタカーで「むつ」を目指します。

マタベイの煮干しラーメン

レンタカーを借りに街を歩いていると煮干出汁のにおいが。青森は煮干しラーメンが有名なようで、しっかり食べたくなってしまいました。むつに向かう途中で良さげな店を探すと「マタベイ」が出てきました。

今回の青森旅行で一番おいしかったかもしれないのがマタベイの煮干しラーメン。ピュアな煮干出汁と醤油といった感じであっさりとした、ラーメンと言うより汁物のような感じ?でめちゃくちゃおいしかった。背脂ちゃっちゃ系や豚骨もおいしいけど結局はこういうシンプルなのが一番という結論に。

ラーメン中と明太子おにぎり

ラーメン中と明太子おにぎり

ラーメンは大でよかったです

ラーメンは大でよかったです

恐山

ここから車を2時間半走らせ恐山へ。むつのダイソーでタオルを買い、いざ山を登り始めました(パッソで)。

カルデラ湖の宇曽利山湖が見えてきた

カルデラ湖の宇曽利山湖が見えてきた

湖の湖畔にあるのが恐山

湖の湖畔にあるのが恐山

むつ市を中心に下北地方では「人は死ねば(魂は)お山(恐山)さ行ぐ」と言い伝えられている

恐山は現世と死後の世界を繋ぐ場所。ここに来ることで死者の魂と会うことができると言われています。特に死者の魂を呼び寄せる「イタコ」は有名ですよね。中心となっているのは恐山菩提寺。恐山はこの山々や窪地一帯を指すらしいです。

湖の畔に恐山菩提寺があり駐車場もあります。

生と死をつなぐ恐山

最初は普通のお寺と同じ感じ。けれでも硫黄臭く、周りの岩もゴツゴツしています。

入ってみるとこんな感じ

入ってみるとこんな感じ

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最初に目を引いたのは風車たち。恐山は硫黄濃度が高く花がすぐだめになってしまうことから風車をお供えすることになったらしい。という実用的な側面とは別に、恐山は水子供養や幼くして亡くなった子供を供養する場にもなっており、その子が遊ぶためのものでもある。この風車は所々に供えられており、カラカラ音を立てて周るので寂しさを感じました。

カラフルできれいだが物悲しさがある

カラフルできれいだが物悲しさがある

本堂はこんな感じ

本堂はこんな感じ

境内には温泉があります。温泉と言っても掘立小屋で男湯と女湯が建物ごとに分かれている。最後に入って帰ることに決めます。

温泉

温泉

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境内の裏から岩山に入っていきます。恐山は死後の世界を表した場所ということで、地獄と天国が表現されています。まず地獄から。お供え物をついばむカラスも多く本当に地獄といった感じ。

ここは無間地獄らしい

ここは無間地獄らしい

所々にお地蔵さんがいる

所々にお地蔵さんがいる

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色が非常に映えてしまう

色が非常に映えてしまう

地獄から天国を表す極楽浜への道は秋だったので紅葉しておりとてもきれいでした。

極楽浜へ

極楽浜へ

向こうに見えるのが天国である極楽浜

向こうに見えるのが天国である極楽浜

この道は人を入れて撮りたくなってしまう

この道は人を入れて撮りたくなってしまう

死後の世界を模しているだけあって、道を家族やカップルが歩いている写真がよく感じてまう。恐山は死後の世界であるが、これから生きようとする・そして繁殖という死と反対の概念の象徴である家族の姿が対照的。

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硫黄の色が綺麗

硫黄の色が綺麗

恐山を歩きながら、ここを作った人遊び心あるよなーと思っていました。最初は死や自然への畏怖だったのかもしれませんが。

特に道が自由であること。順路は決まっているものの明確な道はなく皆が思い思いの行き方をする。ある人(自分)は川の狭いところをジャンプして渡ったり、攻めすぎたカップルは泥まみれの道で引き返していたり老人は橋を渡っていたり。

賽の河原には石が積み上げられていた

賽の河原には石が積み上げられていた

石を積み上げるのを手伝っているそうな。そこにはちゃんと風車が供えられている。極楽浜には東日本大震災の死者を弔う像が置かれている。そして多分皆何も知らず鐘を鳴らしているのがとても良かった。

ひっきりなしに鐘が鳴らされていました

ひっきりなしに鐘が鳴らされていました

藤原新也のメメント・モリが好きで大学生のときに行ったネパールで見たパシュパティナートを思い出しました。四国の漁村とかに行く村を眺めるような高台にある墓地を見ますが、ここまで生と死がつながっている場所は恐山以外にないのではないかと。

極楽浜は観光する人がいたり、走り回る子供がいたり、供養している人がいたりカオスな感じがとても良い。

極楽浜

極楽浜

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ただただ観光で風車をおいていく人もいる

ただただ観光で風車をおいていく人もいる

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極楽浜からお寺ゾーンへと向かいます。また地獄を通るのですがこれは意図された構成なんですかね?

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!おそらくマッチングアプリで会ったのであろうカップルの後ろをひたすらついていく構図になってしまった

おそらくマッチングアプリで会ったのであろうカップルの後ろをひたすらついていく構図になってしまった

ここまで周るのに結構時間がかかり、寒かったのでお手洗いへ。お手洗いのある建物にはイタコの方がいて、口寄せに並ぶ人がおりなんとも言えない雰囲気でした。

お寺の手前の建物にイタコがいる

お寺の手前の建物にイタコがいる

恐山の温泉へ

冒頭にも紹介しましたが恐山には温泉があります。硫黄分が高く3~10分以上は入るな、顔に湯を触れるなと警告の看板があるくらいのお湯です。

簡易な温泉なので、ドアを開けてすぐが簡単な脱衣所になっています。

温泉に入ってきた

温泉に入ってきた

ドアを開ける中が外から丸見えになります。よくわからない重鎮みたいなおじいちゃんと観光客のおっさん2人がいました。なぜか緊張し、かけ湯を冷たい水でして死にかけるようなことをしました。温泉は普通によかったですが、車内が硫黄臭くなりました。

恐山のやさしさと遊び心

恐山という名前やその風景にある通り行く前は無骨で暗い場所と思っていました。しかし行ってみると優しさを感じる場所でした。

そもそも恐山は死者を近くに抱えた人たちが思いを馳せるための場所でした。生きているものがその世界を一緒に体験し思いを伝えることができるやさしさに溢れた場所でした。

そして、風車や温泉、道の自由度など遊び心に詰まっていました。そこには生きているものへの癒やしの意味もあると思っています。死と生と完全に分けるのではなく、緩やかに結んでいる空間になっていました。

イタコも弱視の方の救済という側面もあるのですが、イタコという非現実的なものの中に現実を受け入れて包みこんで向かっていくような優しさを感じました。

本当の死が見えないと、本当の生も生きれない。等身大の実物の生活をするためには、等身大の実物の生死を感じる意識を高めなくてはならない。

と藤原新也がメメント・モリで言っていますが、恐山は「等身大の実物の生死」を感じるきっかけになるような場所だったと思っています。

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